「とうとうやった、やってしまった―」



その行為は積年の恨みを晴らすものだった。
相手は自分よりもはるかに年上の中年の男である。
その中年は、自分の両親を撲殺したが、
証拠が不十分で法の裁きを受けなかった。

その男を殺すために、縁もゆかりもない家に養子に入って名前を変え、
苦学して、良い大学を出て、その男の経営する不動産会社に務めた。

そして、彼はとうとうその男を殺したのだ。
はじめての殺人だった。
下見に下見を重ねた廃工場を選び、男を呼び寄せた。
「良い物件がある、ウワモノをつぶせば高値で売れる土地になる―」
隙を見て、後ろから刺し殺した。

彼の心の中は、まるで宝くじに当たったかのように嬉しく飛び跳ねたい気持ちと、
この先どうしようか、底の見えない大穴に落ちてゆくような複雑な心境だった。

「そうだ、まずは予定通り、死体を隠そう」

その廃工場に残っていたロボットを潰して廃棄する機械に
殺した男の死体を放り込んで、電源を入れた。

以外と音はしなかった。
死体がミキサーに入れたバラ肉のように砕け、
奈落の底に落ちてゆく様を見届けて、彼はその場を立ち去った。



翌朝、電話が鳴った。

先日の疲れで、地獄の底から引っ張り出されるように眠りから覚めた男は
頭は寝ぼけても、腕だけは過敏に動く。

「ああ、藤田さん、携帯になんど電話しても出ないから、どうしたのかと思って…」

電話の相手は同僚の女の子だった。
彼はふと時計を見て、すでに午後の一時を過ぎていることを知った。
よくよく考えると非常に体が熱い。どうやら運悪く風邪をひいたようだ。

「すみません、急に熱が出て、電話できなかったんです。」
「え?大丈夫なんですか?それより大変なんです!」

来たか、と藤田は思った。
おそらく社長が出社してこないという事だろうな、と藤田は思った。

「今日はアメリカのライマンコーポレーションとの本契約の日なのに、
社長が出社していなくて、いま大変な騒ぎになっているんです
藤田さん、社長の居場所、分かりませんか?」

「社長なら、先日の下見の後に、自宅の玄関先まで送り届けたけど?」

「え、そしたら自宅にいるのかしら…でも電話しても、出ないんですよね
わかりました、もう一度ご自宅のほうに電話してみます」

「うん、よろしく頼むよ。
あ、あと、今さら何だけど今日は休暇にしてもらえないかな。
これから病院に行こうと思うので」

「わかりました、お大事に」

ガチャリ。



翌朝、彼の熱はすっかり冷めていた。
いつも通り、出社しようと準備をする。

ワイシャツに袖を通す。
ズボンを穿く。
ネクタイを絞める。

本当に、いつも通り、手際よく。

そして、新聞を取りに、玄関ドアに備え付けの新聞受けを開けた時だった。
新聞にまぎれて、一枚の封筒がヒラリと舞い落ちた。
藤田はそれを拾い上げて、送り主を見てみるが、名が無い。

その封筒にはただ一行、「藤田様へ」と書かれているのみだった。

藤田は部屋に戻り、封筒を開けてみた。



封筒の中には二つの手紙が同封されていた。
一枚は「ご入会おめでとうございます」、と書かれた三つ折りの文書で
もう一枚は「現在の得点」と書かれた細長い紙きれ。

「なんだ、また変な勧誘か…」

などと思いつつ、藤田は一応手紙の内容に目を通してみた。

「ご入会おめでとうございます

この手紙は本クラブの入会を示すものです。
再発行はいたしませんので、厳重に保管してください。

さて、突然のお手紙で驚きでしょうが、貴方様は本クラブ会員から
入会義務を略取されましたので、本日からクラブ会員となりました。
この会員証は発行された時点で有効ですので、
お手紙を確認される前から同クラブ会員同士、
すでに出会いがあるかもございません

このクラブは、二人以上の殺人を行ったものだけが
強制的に入会される制度になっております」

…!

この手紙の送り主は、自分が殺人を行っている事を知っているのか?
しかし"二人以上の殺人を行っている〜"という下りを見ると、それに該当しない。
単なる悪趣味ないたずらか?

「ですが、例外として、会員が非会員の方に殺害されますと、
亡くなられた会員がお持ちでした得点を引き継いで、
その非会員の方が会員になれる、という事になっております。

藤田様は、会員No59876420様を殺害されましたので、
これに当てはまります。」

やはり手紙の内容は、藤田に対しての物であった。
"以前に二人以上殺している相手を殺した"…というのは、まず間違いないことだ。
その上、名指しされている。

いったい、この手紙の送り主は誰だ…?



「まず、このクラブの趣旨とルールを御説明いたします。

同封した得点表をごらんください。
これは、貴方様が獲得している"殺害しても良い相手"という表です。
ここで10点以上になっている相手を殺害した場合、法には問われません。
また、10点点の人間を3人以上殺害すれば、すべての罪は許されます。

あなたが人を殺した、という事実だけではなく
幼少のころに万引きしたガムや漫画、
近所の老婆の家からこっそり盗んだヒスイのブローチなど
その他の罪も帳消しになります。

しかし、10点に満たない相手を殺害された場合は、
それは普通の殺人となりますのでご注意ください。

また、普通の殺人を行うことで、相手の持っている、
"他者を殺してもよいポイント"をそのまま引き継ぐことができます。
10点満点の相手を殺害しても、そのポイントは入りません。
加えて、相手を殺してもよいポイントは、
何かの拍子に加算されますので、常に変動いたします。

では、あなたの御武運をお祈り申し上げます。」

…………

悪趣味ないたずらに違いない。
藤田はそう思い込むことにした。

「なんて悪趣味ないたずらだ!」

声に出してみた。
しかし、心の中ではまったくそうは思っていなかった。

「なんで子供の時の盗みの事まで知ってるんだ?」
「こいつは何をしたいんだ?俺を脅したいのか?」
「殺して良い相手を殺せば、俺の罪は本当に問われないのか?」
「そんなリスクを背負うより、時効まで逃げおおせばいいだけじゃないのか?」



藤田は揺られていた。



電車の中は思ったより閑散としていた。
駅に停車すると、ロボットが二台乗り込んできた。

ロボットには師従関係がある。
一台がメインに活動し、もう一台はそれを手助けする。
どれだけ科学が発達しても、一台で完璧にすべての事をこなすことは
できないと考えた結果の苦肉の策だったそうだ。
また、二台一組で活動すれば、人間からの暴力的な
干渉にもある程度対応できる、と、言うことらしい。

ロボットの腕には紙袋が抱えられていた。
どうやら買い物に出かけた帰りらしく、中身は果物だ。

「ロボットがいたら生活が便利になる」

大型テレビも、ステレオサウンドもあまり売れなくなってきた今日、
家庭用ロボット産業は家電業界の新たな販売戦略のひとつとなり、
今では「ロボットを見ない日のほうが珍しい」ほどになっている。

ロボットたちは駅をひとつ越えたところで降りた。

藤田もそこから一つ先の駅を越えたところで降りて、会社へと向かった。



そことはまた遠い遠い別の場所に、また一組のロボットがいた。
彼らは家庭での手伝いを目的として作られたロボットである。
しかし、彼らは普通とは違っていた。



「おまえ、階段をのぼれ」
「ああ、わかった」

場所は人気の無いホテルの螺旋階段。

命令された一台は、バネを伸ばすように異様な姿かたちで
ビョンビョンと階段を駆け上る。
その先には息切れした男が一人、膝をついて止まっていた。

さらにその上の階からは、エレベータで上ってきたもう一台が駆けつけて、
上下から男を挟み撃ちにする。

「おまえの得点を渡せ」
「おまえの得点を渡せ」

二台のロボットが同時に男に詰め寄る。

「おまえら、ロボットの癖に、人間を殺すのか!?」

「ロボットなど関係ない」
「我々はおまえの得点が欲しい」

「ロボットの癖に、ロボットの癖に、
なんでおまえら会員なんだ!!」

「おい、やれ」

命令を受けたロボットは、
わめき立てる男の頭を鷲掴みにすると、そのまま力をいれた。
メキメキと音を立てて男の顔が歪んでゆく。

「イギっ、ヒギュい!」

もはや男の頭は原形をとどめていなかった。
目玉が飛びてて、元々口のあった場所から舌がはみ出している。

「死んだ」

「死んだな」

ロボットたちはその場を素早く後にした。

「これでこの男の得点が加算された
牧野という女を殺せば、
我々は罪に問われる事はなくなる」



「やあ強志君、ちょっとそこで待っていてくれないかな
今、同僚を呼んでくるから、ぜひ君に会わせたいんだ」

「はあ…」



強志はデパートで偶然、親戚の男とはち合わせをした。
小さい頃からお世話になっていて、
つい二年前に大手の証券会社に就職したのだ。

「お待たせ、こちら同僚の我妻君
我妻君、ぼくの甥っ子の強志君だ」

「はじめまして、お世話になっております
我妻と言う者です」

我妻は優しそうな男だ。
虫一匹殺さないような、丸い顔をしている。

「はあ、強志です」

「どうだい強志君、お昼はもう食べたの?
まだならおごるよ?」

「あ、俺まだっス
でもいいんですか?」

「いいとも、二年ぶりだなあ
なつかしいな」



親戚はそこの店でハンバーガーでも買ってくる…と言って、その場を後にした。
強志と我妻は二人、その場で待たされる事となった。

しばらく待ってもなかなか帰ってこない。
二人の間には微妙な空気が流れ続けていた。
ふと、その微妙な空気がすこし動いた。
我妻が立ち上がったのだ。

「強志君、わるいんだけどちょっとトイレに行きたくなってしまって、
戻る前に彼が帰ってきたら、そう伝えてくれるかい?」

「あ、はい」

我妻はそのまま人ごみへと消えていった。
それから一分と立たないうちに、人ごみがどよめきだした。

「おーい!救急車!救急車呼んでくれ!」

強志も人ごみの中をかき分けて、騒ぎのあるほうへ向かって見る。
一面が血の海で、まるでその中を人間という名の金魚が渦巻いているようだ。

「なにがあったんだろう」

強志はちょっとつま先を立てて、人より頭一個分、背伸びして見た。
どうやら人が刺されたらしい。
間もなく救急隊が人ごみを分け入って、刺された人のもとへ向かう。

白衣を着た男が脇に落ちている財布を拾うと、
中に入っていた免許証のようなものを確認して、
刺された人の肩をバンバンと叩きながら耳元で大きな声を出す。

「藤田さん、大丈夫ですか?藤田さん?藤田さーん?」